例のごとくAIに長文の不安を投げていたら
「これ、ブログにしてもいいくらい長いな…。」となったのでコピペして、ブログの記事にしました。
あ、新年だから新年の抱負ぐらいは書いとくか。
今年は「無理しない、甘やかす」で行こうと思います。
去年は全身全霊で頑張るぞというつもりでいたら、メンタル崩して結局何もできない1年だったから、今年は自分にやさしく。徹底的に無理しない。
ダメ人間でもいい。それぐらいやさしく。自分のストレス耐性をなめてた。
頑張らないぞ~。
以下本文。
退屈すぎる。人生が退屈すぎる。
楽しいの感情がなかなか湧き上がってこない。
いつでも「楽しい」を感じられるのはさすがに変だ。しかし、現状楽しさを感じる瞬間が少なすぎる。
友達と雑談しているとき。これぐらいしかない。
雑談しているときは絵を描くのも楽しい。
筆が乗るし描いたものもそれなりに良く見える。
しかし、毎日作業通話をお願いするわけにもいかない。
それにそれすら飽きてしまったらという恐怖もある。
結果一人の時間を過ごす。
そしてここが辛い時間だ。
刺激を求めている。しかし安全圏にはいたい。
ちょうどいいい「楽しい」がない。
かつてはどうやって楽しくしていたのか。
退屈=辛いの図式になってしまうのは良くない。
退屈をしているとき、身体感覚に耳を澄ますと「辛くはない」。
つまり状態としては「普通」だ。
だから「退屈だ」=「嫌だ」になっているのは感情の問題だ。
感情の問題ならばどうしたらいい?
感情は自分の外側のものに「反応」して起きる。
退屈に反応して「嫌だ」の感情が生まれるなら「行動」すればいい。
しかし行動の選択基準がわからない。
「楽しい」を目標にすると今、楽しいと感じられるものがあまりに少ない。
「有意義なこと」に目を向けると「仕事と運動」ぐらいしか出てこない。
そしてそれらは長時間やっていられない。退屈だから。
わがままを言っているだけなのかもしれない。
連載が再開して、締め切りに追われるようになったら仕事をこなすだけの日々に緩急が生まれるのかもしれない。
しかし、いますぐ連載を再開させてくれとお願いしに行けるほど、現状のメンタルに勇気を持てない。
だからと言ってこれ以上仕事しないのは逆に辛い。
よって毎日にちょっとずつ仕事はできるようになってきている。
しかし…辛い…退屈で…。
こういう状態で仕事に向かうのはメンタルを削るのか、大丈夫なのか。
まあ言うて負荷はたいしてかかってない気もするけど…。
でも、そういう追い込み方をするのが自分という人間かもしれないし…。
わからないことだらけだ。
こんな感情のモヤモヤを雑談では「話せる」。
これができると少し「楽しい」。
AIにはこういった文章を投げていた。
投げすぎてパターンが見えて飽き始めた。
人に話すのはまだ飽きていない。
人には個性があるから不規則で飽きない。
だから最近は作業通話が楽しかった。
仕事は進むし一石二鳥。
しかし、自分は人見知りで友達を作るのが苦手だ。
昼間から作業通話をしてくれる友人は数人しかいない。(数人いるのは幸いだが)
毎日通話をしようとはとても言えない。
相手に負荷がかかったら、話すことに飽きたら、怖い。
本音を言うと毎日作業通話のローテーションを組めるくらい友達がいたらなと思う。
しかしまあ現実的に無理か…。
テキトーに人間関係を増やしまくるのは絶対面倒に巻き込まれるし、自分の性格にも合わない。
だからといって知り合いを増やすということを切り捨てるのもなんだかなあ。
なので今年はSNSにもう少し顔を出そうと思っている。
いい感じの距離感になれる人と繋がる、その可能性をこめて。
ある程度まとまった言葉を並べていたら退屈が少しまぎれた。
これ、このままブログにするか…。
ブログもいいものだ。AIに投げるのとは違う面白さがある。
ただの心の整理をした文章が、ブログとして投げるだけで少し「創作」になるというか。
有意義な感じに変わる。

画像は馬の着ぐるみ着たメリエルちゃん。
今年もよろしくお願いします。



最近寝る前に作っています。


